雑学研究

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中国文学

秦・漢・魏晋南北朝・隋

先秦時代
『詩経』
 成立:紀元前11世紀から紀元前6世紀
 内容:305篇の詩
   大半は労する男や恋する女の感情を詠じる
 作風:風=15の諸国の民謡
    雅=宮廷の宴会で歌われた貴族の楽歌
    頌=廟祭祀の舞歌
 表現:賦=直叙体
    比=直喩
    興=隠喩

『書経』=『尚書』(尚は上古の意味)
 成立:周初から春秋時代の末期
 内容:上代の史官が記録した君主と臣下の言行録

易経
 成立:春秋時代中期・戦国時代
 内容:散文を含む古典
   経12編・その解説である十翼10編

孔子 (前552-前479)
 『論語』
  孔子と弟子との言行録
  孔子と弟子との対話(論)と孔子の言葉(語)に由来
  仁と忠恕を主張
   仁=人と人とが親しみ愛し合う
   忠=心の本来性に忠実であること
   恕=心のまことを他人に及ぼすこと

孟子 (前372?-前289?)
 『孟子』
  仁義を主張
   仁=人の心(人に忍びざる心=他人の不幸を看過できない心)
   義=人の路(現実に適切に判断して行動すること)
  性善説の立場で良知良能を信じ、王道を諸侯に説いた

老子 (前350?-前270?)
 道家思想の開祖
 無為自然を人間的理想の終局とする
  =為す無くして自ら然る
 『老子』(道徳経)
  土俗的信仰と結合し、のちに不老長寿を求める

荘子
 『荘子』
  自然への順応を主張
  人生的・社会的矛盾を自己の主観と見る

叙事文
 『春秋左氏伝』(『左伝』)
  魯の歴史を批評的な筆法で物語化
 『国語』(『春秋外伝』)
  戦国末期の史書
 『戦国策』
  戦国の始めから六国の滅亡までの策士・縦横家たちの活躍

『楚辞』
 朗誦された韻文であり、巫の文学でもある。 長江中流を中心とする南方的な風土を背景とする叙事詩

秦の興亡
 始皇帝は強力な統一国家を樹立し、学問・言論の自由も制限した。 思想統制で知られる焚書坑儒では、書物を焼き、儒者を穴に埋めた。 その一方で、複雑な文字を改良して新体文字を作り、文化の普及に貢献した。
 しかし、15年の歳月では特徴的な文学は出現できなかった。

文学
 『呂氏春秋』
  百科全書的書物

漢の成立
 漢の劉邦は西楚の項羽に勝ち、新の十数年を挟み、漢代前後400年の王朝が成立した。 武帝は政治においても文化においても中央集権化を推進した。

司馬遷
 『史記』(『太子公書』)
  黄帝から武帝までの2500余年の史書

班固 (32-92)
 『漢書』
  班氏父子による前漢229年の史書

王充 (27-101?)
 『論衡』
  偶然の根本には命があり、王朝の交替も機運がある

辞賦
 『楚辞』が詩的感動に基づいて感情を詠うのに対し、 『辞賦』は難解な熟語と対偶・押韻を多用して学識・文才を表す。 辞とは抒情的なもので、賦とは叙事的なものをいう。

魏晋南北朝
貴族文化の形成
 三国時代を代表する魏と六朝(呉・東晋・宋・斉・梁・陳)は政権が不安定であったが、貴族文化の全盛時代であった。 また、儒教・老荘思想・仏教に加え、道教が浸透してきた。



三曹と七子
 のちに魏を樹立する曹操(155-220)は次男曹丕(魏の文帝)・三男曹植と共に文学に貢献し、父子合わせて三曹と呼ばれる。
 彼らの周辺で文壇に参加した7人を建安七子という。 動乱続きの世相を反映し、士大夫層の失意と悲愁の念がこもり、 太平時にはない人生観照の深化が見られる。

竹林の七賢
 儒教的規範に反対し、清の世界を詠懐詩風に歌った。 老荘の系統で厭世主義・享楽主義の傾向が強い。



晋の興亡
 西晋では武帝の時代に五言詩が定着し、擬古的、形式主義的な傾向が強まった。 だが、洛陽を中心に栄えたものの、内での権力争いと外からの異民族の侵攻によって滅亡した。
 西晋の王族が建康(南京)に逃れて樹立した王朝が東晋である。 老荘思想の玄言詩が貴族社会で流行したことと、 山水詩の発生を除き、文学史上では実りが少ない。

陶淵明 (441-513)
 田園生活での哀歓を具象的で素朴に表現。 李白、王維、柳宗元、白居易に影響を与える。

謝霊運 (385-433)
 山水美を緻密な技巧と貴族的な華麗さで歌う。

斉・梁


『文選』
 周から梁までの文章・詩賦を細目別に編纂。 目的意識が不明な詩文の名作が人を楽しませるという趣旨で作られた。 作者131人・他不詳、作品数800。 科挙の試験のための必読書となる。

文学評論
 『典論』:文帝の最古の文学評論
  文学の重要性と永遠性を説く
 『文心雕竜』:劉恊の六朝を代表する文学理論
  形式や修辞よりも、思想や情感を重視することを説く
 『文賦』:陸機の作文論

小説
 元来「小説」は「作り物」ではなく、「噂話」を意味した。 中国では虚構よりも事実を尊重する傾向や、 「怪・力・乱・神を語らず」という儒教の影響で、 小説や神話の発達が詩文よりも遅れた。
 『捜神記』:干宝の志怪小説集
  神仙、風神・水神・土地神の話、怪談など464編
 『還冤志』:顔之推の説話集
  子孫が生涯を誤らないように家風を述べ訓戒したもの

科挙の誕生
 581年、南北朝にわかれていた中国に統一王朝の隋が誕生した。 隋の文帝は、科挙制を確立して皇帝直属の官僚の養成に着手した。 科挙は587年から1904年の清朝の最後の施行まで存在し、文学と密接な関係を保った。

隋の文学
 隋の第2代の煬帝は荒淫・暴虐・戦争好きの暴君であるが、 文才に恵まれ、詩30余首、楽府16首が残存している。
 『切韻』薛道衡(540-609)の陸法言
  韻律を206韻に分類し、唐の作詩の標準となった。