雑学研究

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ロシア文学

18世紀以降

1830、40年代
ニコライ一世 (在位1825-1855)
 ニコライ一世は専制主義と農奴制をロシア帝国の基礎として強化した。 皇帝直属官房第三課長官ベンケンドルフ伯爵は、全国に秘密警察を展開させた。 科学アカデミー総裁ウヴァーロフ伯爵は、専制主義、ロシア正教、国民性の三位一体を護持することをロシア人の義務とした。 地主は各地に駐屯する軍隊に守られた小専制君主となり、農奴を財産として自由に売買できた。
 社会的行動を閉鎖され、先進的な哲学や政治の研究が盛んになり、文学上の闘争が政治的・思想的闘争になった。

レールモントフ (1814-1841)
  孤独、陰鬱、絶望、憂鬱、人間不信を描き、現実を主観的に抗議
 叙事詩『商人カラーシニコフの歌』
  商人カラーシニコフは妻を辱しめた親衛隊員の勇士と決闘して勝ったが、 勇士を殺された皇帝はカラーシニコフを刑場に引き立てる。 人間の尊厳と民衆の誇りを描く
 叙事詩『ムツィリ』
  ロシアに敗れたグルジア王の子が修道院に拾われるが、 脱走して豹に襲われ、修道院へ連れ戻され、 「3日間の自由を修道院の一生と取り返るつもりはない」と言って死ぬ。 専制主義に対する民衆の自由と反逆の讃歌
 叙事詩『デーモン』
  悪魔は不死と絶対的な力を獲得しているが、死ぬこともなく、虚無の天空をさまよう。 愛による喜びの生活を目指しても、人間を軽蔑する超人の精神の毒が体にある。
 散文『現代の英雄』
  デーモンが肉体化したようなペチョーリンが触れた人間は不幸になる

ゴーゴリ (1809-1852)
  現実の本質を描くことで現実を客観的に抗議
 作品集『ジカーニカ近郊夜話』
  ウクライナの民話や伝説をもとにした8つの短編。民衆のユーモラスな生活像
 作品集『ミールゴロド』
  農奴制下の地主の卑俗な生活が人間を不具化させる。社会批判
 作品集『アラベスキ』
  絶対主義社会の腐敗現象の批判
 喜劇『検察官』
  官僚が腐敗した都市に検察官が視察に来る。 役人は青年フレスタコーフを検察官だと思い込んで応対した後に真実を知るが、 そこへ検察官が到着する。 「自分の顔が曲がっているのに鏡を責めてどうする」と田舎町の否定によってニコライ体制を否定する
 『死せる魂』
  既に亡き農奴も次の人口調査までは戸籍上では生きており、地主の納税対象となっていた。 チーチコフは死せる農奴を買い取って辺地に住ませ、それを担保に金を借りようとする

ベリーンスキー (1811-1848)
  近代文学の人道主義的批評を展開
 戯曲『ドミトリー・カリーニン』
  農奴の青年カリーニンが領主の娘ソーフィヤを取り戻すため、彼女の兄を殺し、彼女の願い通りに彼女も殺して自殺する
 評論「文学的空想」雑誌『モルヴァー』
  文学は民族の内的生命の表現であり、真の文学が誕生するためには全民衆の知的水準を高めなければならない

ゲールツェン (1812-1870)
  政治的・哲学的急進主義者で、ロシア社会主義の創始者。自由と人権と尊厳を期待したパリで利己主義的市民に幻滅し、ロシアの農村的共同体を基礎とする社会主義を考えた
 新聞『コーロコル(鐘)』
  ロシアの専制主義と農奴制を攻撃し、革命運動を支援
 短編『どろぼうかささぎ』
  農奴制の犠牲となって滅びる農奴女優の運命
 短編『クルーポフ博士』
  反農奴体制思想
 小説『誰の罪か?』
  農奴制社会の制約下の家庭と結婚、女性解放、自由恋愛、自我と自己犠牲といった社会問題の提起。 田舎医師の息子クルツィフェールスキーは地主貴族ネーグロフ家の家庭教師をする。 クルツィフェールスキーはネーグロフが農奴に生ませたリューボニカを救い出すために結婚する。 リューボニカは農奴の息子ベーリトフと相思相愛になり、クルツィフェールスキーは身を引く。 2人は他人を犠牲にして幸福になれないと考え、ベーリトフは町を去り、リューボニカは病床に伏す
 回想記『過去と思索』
  思想家、文学者、革命家としてのゲールツェンの記録

1850、60年代
聖なる時代
 クリミア戦争(1854-56)敗北後の新帝アレクサンドル二世は農奴制を廃止し、司法・行政の改革、体罰の廃止を行った。
 ニコライ一世の死(1855)からアレクサンドル二世の暗殺(1866)までに、教育、科学、音楽、絵画などで優れた人材が生まれた。 また、貴族知識人に代わって雑階級知識人が登場し、批判的見解が支配した。 すべてが再検討されたこの精神革命の時代をチューホフは聖なる時代と命名した。

チェルヌイシェフスキー (1828-1889)
 雑誌「同時代人」
  農民階級の解放を目指す
 論文「現実に対する芸術の美学的関係」
  存在が意識を決定し(唯物論的認識論)、芸術は社会生活を反映する
 小説「何をなすべきか?」
  金至上主義の母を持つ若い娘ヴェーラを救うために、 家庭教師のロプーホフは結婚をして合理的な生活を築く。 だが、ヴェーラは夫の友人キルサーノフと愛し合い、 ロプーロフは自殺を装って姿を消す。 ヴェーラがキルサーノフと結婚して数年後、 アメリカで黒人解放運動に参加したロプローフが妻と一緒に現れ、 両家は隣り同士で仲良く暮らす。
 旧来のブルジョア文学では悲劇に終わる三角関係を理性的に克服した。

ドブロリューボフ (1836-1861)
  チェルヌイシェフスキーの唯物論美学を継承した
 雑誌「同時代人」の批評欄を担当
  現実の反映としての作品自体を批評対象とする

ピーサレフ (1840-1868)
  民主主義的啓蒙運動(ロシア・ニヒリズム運動)を展開した
 ニヒリストの機関誌「ルースコエ・スローヴォ」
唯物論、無神論、自然科学の知識を持ち、男女同権、自由恋愛、婦人解放を目指し、 実務的な仕事で民衆に奉仕する人間「思考するリアリスト」を展望した

ゴンチャローフ (1812-1891)
 『平凡物語』
  理想主義的な青年アレクサンドルは現実主義で官僚的実務家の叔父と対立するが、 結局は叔父と同じ道を歩む
 『オブローモフ』
  知性で善良な青年オブローモフが無気力であるため、 友人シトーリツが活発で美しい娘オーリガに助力を頼む。 オブローモフは活動的になるが、困難に突き当たると無気力になる。 オブローモフは無智だが面倒を見てくれる未亡人のところで安楽な生活を送り、 オーリガはシトーリツと結婚する。2人は善良な友人を救おうとするが…
 『がけ』
  画家のライスキーは画業を完成させる忍耐がなく、女遊びをして女性に結婚を迫られ、祖母のいる田舎へ来た。 そこには美しい従姉妹の知的なヴェーラと明朗なマルフィンカがいた。 ライスキーはヴェーラを追いかけるが、彼女は革命家ヴォーロフを愛し、 禁制の場所「がけ」で密会していた。やがてヴェーラは愛が叶わず、病に伏す。 マルフィンカは地主の青年と結婚し、病が癒えたヴェーラは企業家のトゥーシンと結婚する。 ライスキーは再びペテルブルクの浮薄な生活に戻る

オストロフスキー (1823-1886)
  ロシア近代国民演劇の創始者
 悲劇『雷雨』
  内気だが情熱的な嫁のカチェリーナは、 無知と野蛮の権化である女商人カンバニーハの家に堪えられず、 同じ不満を持つ商人の息子のボリースを愛する。 これを夫に告白するが、母親に支配された無能な夫は何もできず、 田舎町に噂が広まり、ボリースは流刑になり、 カチェリーナはカバニーハに責められ、雷雨の夜にヴォルガ河へ身投げする

ネクラーソフ (1821-1878)
  貴族出身であるが、農民の苦悩の現実生活を韻文にした
 叙事詩『だれにロシアは住みよいか?』
  農奴解放後、誰が幸福に暮らしているか7人の農民が尋ねまわる

ツルゲーネフ (1818-1883)
  国民的自覚の40年代、社会的自覚の60年代、社会的政治的行動の70年代という ロシア精神史上で重要な3つの時代精神の特徴を冷静に芸術的形象で表現した
 短編集『猟人日記』
  猟の途中で見聞した農奴制下の農民の悲惨な運命を人道的に描く
 中篇小説『ルージン』
  ルージンは理想と真理と求めるが、実現する意志力が欠けていたため、人生に失敗する
 中編小説『貴族の巣』
  西欧的に育ったラヴレーツキーはロシアの生活者になることを望むが、 困難を打開する力がなく、憂鬱と孤独と諦観に沈む
 小説『その前夜』
  エレーナは理想主義者ヴェルセーネフや彫刻家のシュービンの愛を受け入れず、 無教養だが、不毛な自己分析や懐疑に精力を消耗しない革命家インサーロフを愛する
 小説『煙』
  リトヴィーノフと初恋のイリーナが再会して別れる背景で、 ドイツのバーデンバーデンでロシアの亡命革命家、反動家、自由主義者、スラヴ派、西欧派などの知識人が議論を交す
 小説『処女地』
  人民主義運動における革命家の形象を皮肉的に描く

1870年代
ナロードニキ運動
 1879年代は民主主義的運動の高揚期である。すなわち、 資本主義的工業の発展と農村における資本主義の発展の結果、 農民の階級分化が進展し、都市プロレタリアートが増大し、 それに伴い、社会主義思想の普及と労働運動の成長が見られた時代、 専制制度の動揺と反動的方針が強化された時代だと言える。 この時期をナロードニキ主義の時代と呼ぶ。
 ラヴローフは、『歴史書簡』において少数の特権階級である知識人が文化の殿堂に座り、 知的・芸術的喜びを享受できるのは、幾百万の無学文盲の民衆の血と汗の所産であり、 知識人は民衆に負債を返済する義務があり、民衆の中へ入り、社会主義思想を広めなければならないと説いた。 バクーニンは、ロシア農民は天性の反乱者であり、 農村共同体で育てられたロシア農民には共産主義的本能があるとして、反乱を呼びかけた。 この思想によって多くの若者が民衆の中へ入る運動が起きたが、政府の弾圧により崩壊した。
 組織の必要性を痛感し、1876年にロシア最初の革命政党として秘密結社「土地と自由」党を結成した。 土地と自由党は一大政治勢力となったが、アレクサンドル二世を暗殺後に弾圧されて壊滅した。

ドストエフスキー (1821-1881)
  病める精神の原因を知識人の民衆からの離反と考えた
 処女作『美しき人々』
  マカールは愛するヴァーレンカの幸せのために奮闘するが、 貧しきゆえに精神処理法に行きつく
 小説『弱い心』
  幸福に押しつぶされて発狂する青年
 小説『死の家の記録』
  オームスク監獄の囚人を描く
 小説『地下生活者の手記』
  人間の本性は非合理であり、人間はいかなる幸福の殿堂といえども、 退屈紛れに足蹴にする「破壊と混沌を熱愛する存在」である。

1880年代
アレクサンドル三世 (在位1881-1894)
 急激な資本主義の発展に伴う地主貴族階級の相対的地位の低下に直面し、 地主貴族の権益を保護に努め、自由・平等・博愛などを拒否した。 悪に対する無抵抗と道徳的自己完成を説くトルストイ主義が知識人の主流となった

レーフ・トルストイ (1828-1910)
 自伝的三部作『幼年時代』『少年時代』『青年時代』
  名門貴族だが、「貴族の巣」の楽園は農民の憎悪の大海に囲まれた孤島である。 精神的欲求と現実生活との分裂に悩まされ、虚偽と虚栄の支配的世界に対する憎悪と、 それを盲信してきた自分に対する自己嫌悪に気づく。 だが、慈悲深き地主として農地経営を行っても、農奴にしっぺ返しをされる。
 軍事物『侵入』『森林伐採』『セヴァストーポリ物語三部作』
  人間の本質は、死に直面する決定的瞬間に現れる。 勇気は労働生活の所産であり、人間の良き資質は民衆の中にあり、 民衆こそロシアの主人である
 小説『コサック』
  オレーニンは、文明に怪我されていない自由なコサックの生活の中に 健康な原初的人間と原初的人間関係を見出す。 だが、現実の社会制度を無視できず、原初的人間と人間理性は調和しない。
 歴史物『戦争と平和』
  ネフリュードフは自己の階級を否定し、民衆精神へ回帰する
 小説『アンナ・カレニーナ』
  アンナは、自我を放棄して愛と自己犠牲と信仰の中に安寧を見出す。 公認の権威を否定し、原始キリスト教の人間愛と悪への無抵抗を説き、 社会悪の克服は社会制度の変革によらず、各人の道徳的自己完成を通じて行われる
 長編『復活』
  カチューシャは、道徳的回生を求める愛するネフリュードフを捨て、革命同志とシベリヤに向う

アントン・チェーホフ (1860-1904)
  人間の愚かさ、卑しさ、弱さを短編にした
 『六号室』
  神は温かい血と神経で人を作った。だから苦しみには悲鳴と涙で反応し、 卑劣なことには憤怒で反応する
 『大学生』
  ヴェリコポーリスキーは、ペテロの話に泣くヴァシリーサを見て、 1900年前に人間の生活を導いた真実と美が現在まで続き、 人間の生の礎となっていることに気づく
 『文学教師』
  小市民的生活から抜け出そうと思っているが、実現への具体的な道を見出してない
 『犬をつれた奥さん』
  恋人たちは新しい生活と期待への意欲があるが、道は遠く、後戻りはできない
 戯曲『ヴァーニャ伯父さん』
  新しい生活の接近が感じられるが、夜明けは地平線の彼方の蜃気楼のようなもの
 戯曲『三人姉妹』
  労働のみが卑俗な環境の支配力に抗して自己の主体性を保持し、新しい世界の到来まで耐えぬく忍耐力を養うものである
 戯曲『桜の園』
  古き田園のラネーフスカヤは資本家ロパーヒンに破壊される。 だが、ロシアのシンボルの桜の園を破壊する資本主義の破壊力にも未来はない。 万年学生トロフィーとアーニャの元気な声は桜を切り倒す音を圧倒する。
 小説『いいなずけ』
  ナージャは嫁入り数日前に古い卑俗な生活を捨て、新しい生活を求めて家出する

世紀末の文学
生と死の狭間
 1891年の未曾有の飢饉、伝染病の流行に加え、 1880年代から拍車がかかった資本主義の発展は農村階級の分化を促進し、 零落した農民は低賃金で長時間働く労働者を生み出すという社会不安を抱えた。 90年代後半にはストライキが頻発し、資本家と労働者の対立は先鋭化した。
 1898年にマルクス主義者によって「ロシア社会民主党」が結成された。 1901年に「社会革命党」が結成され、政府要人の暗殺が敢行された。 1904年に勃発した日露戦争での戦費の増大と敗北の不満は政府や資本家に向けられた。 1905年に首都のプチーロフ工場で始まったストライキはゼネストになり、 数十万人の労働者が生活苦を皇帝に平和的に訴えようと行進したところ、 ニコライ二世は軍隊に一斉射撃をさせ、「血の日曜日」となった。 ロシア全土で憤慨した労働者が立ち上がり、 皇帝は国会開設、言論・出版の自由を認めた。 しかし、第一次ロシア革命が終息すると、革命参加者の逮捕や処刑が行われる反動期を迎えた

マクシーム・ゴーリキー (1866-1936)
 自伝的小説『幼年時代』『人々の中で』『私の大学』
  幼くして両親を失い、祖父母に引き取られた。 祖母アリーナは民話や民謡を語って情操を育み、 汽船のコックのスムールイは豊富な蔵書を提供し、民衆の魂を植え付けた。 いかなるものでも、より良きものを求めるロシア民衆の魂を抑圧できない
 『鷹の歌』
  傷ついた鷹が蛇に、自由に大空を飛ぶ喜びを語り、傷ついた羽で再び崖から飛び立ち、 岩に叩きつけられて、蛇に嘲笑われて死ぬ
 長編『フォマー・ゴルジェーエフ』
  新興資本家に対する労働者の戦い
 『海つばめの歌』
  革命を待望する民衆の気持ちを実現
 戯曲『小市民』
  労働者階級こそ主人である
 戯曲『敵』
  革命的労働者と搾取者を対比して、労働者の勝利の歴史的必然性
 小説『母』
  平凡な労働者母子ペラゲーヤが、革命的知識人パーヴェルの手助けで革命家として成長していく過程